大阪高等裁判所 昭和30年(う)651号 判決
所論は、要するに、本件の覚せい剤原末は、村上こと朴八龍が被告人方へ置いて行つたものであつて、被告人はそれが覚せい剤であることを知らなかつたから、被告人には覚せい剤所持の犯意がなかつたものであり、従つて本件は罪とならない。と主張するについて案ずるに、行政上の取締を主眼とする罰則でも明文をもつて特にその犯罪の成立につき犯意を必要としない旨を一般的に規定するか、若しくは各犯罪に対する規定上その成立に犯意を要しないことが明確な場合でなければ、一般刑法の原則に従い犯意のない行為はこれを処罰しない趣旨であると解するべきである。そして覚せい剤取締法の所持罪について刑法第三十八条第一項本文の規定に対し除外例を設けた趣旨はどこにも見当らないから、刑法第八条本文に従い同法第三十八条第一項の本則に依ることを要するのである。従つて、被告人がその所持していた覚せい剤原末について、それが覚せい剤原末であることの認識がなかつたとすれば、覚せい剤の不法所持罪として処罰することができないことになるのである。
記録を調査するに、原判決の認定した事実は、被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和二十九年八月十二日頃、肩書住居において、覚せい剤原末三二・六グラムを所持していたものである、というのであつて、原判決は、その証拠として、一、司法巡査作成の現行犯人逮捕手続書、一、司法巡査作成の捜索差押調書、一、杉山彰吾作成の理化学鑑識結果復命書、一、領置にかゝる覚せい剤原末を掲げているが、これだけでは、被告人の住居において差し押えた物件が覚せい剤原末であることを証明し得るけれども、被告人が果してそれを覚せい剤原末であると認識していたかどうかを判定する資料とはならないものばかりである。然らば、原判決は証拠によらないで被告人の犯意を認定したことになるから、判決に理由を附しなかつた違法があると言わなければならない。(但し、覚せい剤不法所持罪が成立するには所論のようにその物の所有者であることは必要でない。)論旨は結局理由あり、原判決は破棄を免れない。
(裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薫 判事 西尾貢一)